暖かい日中だった

何処でもガラパゴス。っていう言葉を不意に思いついた。
元々は(というほどでもないが)米の国に行った日本のおっかさんが、日本の現状をガラパゴス的だと評した言葉だが、単に英語が通じるところが目に付くだけで考え方は行ってみないとわかんないんじゃね?ということだ。英語が通じるからってモノの考え方がその地域の考え方からずれるわけでもないんだし。そこから出てくるモノって言うのはそれなりに変わっているんだとおもう。
一番思うのは、英語が通じるからとかでそれが一番えらいという考え方が怖いと言うこと。一番大切なことは通じる言語が何かと言うことより、そこの人々と接触しあえる場があるのかどうかと言うことの方が大事なのでは無いだろうか。そういう意味だと、日本も存在感としてそれなりに力を持っているのではないかなと思える。脳天気な方面がとても強いけれども。

追記
Do as an Roman's Do? と 「郷に入っては郷に従え」の違い。何となくローマ人の用にしろというよりは、その郷にあわせるというのは見方が180違う気がする。心情的に認めたくなくなる部分も有るのだろうが、受け入れる度量の違いを感じる言葉なのでは無いだろうか。
spellが合っているかどうかは全く気にしていないが。