ソースは渡辺竜王

あまり将棋の事がわかっていない人間が書いている事をさいしょに断っておきます。まあマスコミの事も素人レベルですが、表現としてまずいところがあれば、まず将棋の事をわかっていないんだという事を念頭において以下の文章をお読みください。分析は100%aiakiです。
d:id:umiusi45:20080820:1219247400この記事と続く記事を読んで感じた事。
そろそろソースとしてマスコミ発信のものをネタ以上の扱いをするのはどうかと感じる。誰かがもういっているかもしれないけれどあえてここでいっておきたい。この記事を書いた人間のどの程度の事がわかっているのかという事を。一部で名前のあがる人もいるようだが、その名前というのは本当に存在しているものなのだろうか。
じぶんが受けている感覚としては、この辺りで語られる特定人物名というのは、不特定多数で使用するペンネーム以上の存在感を感じられくなってきている。
そのような人たちが紡ぎだす言葉がソースとして意味を持つことができるのだろうか。もうすこし踏み込んで言えば、彼らの言葉が不特定多数の匿名発言と何が異なると言えるのであろうか。
マスコミを攻める側、擁護する側の言論をみていて一番違和感を覚えるのはここである。何がここの発言の価値に差異を発生しているのだろうか。これが、その記事の乗った場所という事であれば、私はその価値を決めている基準に一石を投じたい。
発言に貴賤はない。たとえそれが投じられた場所に差異があっても。その差異を感じるのはそれを受け取った人々おのおのの中だけであるという事をここに断言したい。